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東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)5号 判決 1985年3月25日

原告

カラロール リミテツド

被告

特許庁長官

主文

特許庁が昭和57年7月28日に同庁昭和55年審判第19284号事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告は、主文同旨の判決を求めた。

2  被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第2原告主張の請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和52年5月23日、名称を「生物分解性組成物」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、1973年11月28日及び1974年3月7日イギリス国においてした特許出願に基づく優先権を主張して昭和49年11月28日にした特許出願(特願昭49―136948号)を原出願とし、特許法44条1項の規定により、右原出願の分割として特許出願(特願昭52―59720号)をしたが、昭和55年6月18日拒絶査定を受けたので、これに対し、同年11月4日審判の請求をしたところ、特許庁は、これを同庁同年審判第19284号事件として審理した上、昭和57年7月28日、右審判の請求は成り立たない旨の審決をし、その審決謄本は同年9月16日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

合成樹脂と澱粉粒子を含む生物分解性組成物であつて、この澱粉粒子の表面を、ヒドロキシル基と容易に反応してエーテル又はエステルを生成する化合物と反応させて、該表面を疎水性にし、ついでこの表面変性澱粉を樹脂と配合することを特徴とする、生物分解性組成物。

3  審決の理由の要点

本願発明は、前項記載のとおりのものである。

一方、この出願の先願である特願昭47―29531号(昭和47年3月24日出願、昭和48年12月10日公開)の願書に最初に添付した明細書(特開昭48―96633号公報に同じ。以下「引用明細書」といい、これに記載された発明を「引用発明」という。)には、合成樹脂と微生物栄養源となりうる有機物質とを配合した組成物が記載されており、この組成物から得られる製品は、無機質充填剤を用いた従来品となんら遜色のない物性を有し、かつ、廃棄後の製品が微生物等によつて崩壊をうけることができるものであつて、活性汚泥や水分の多い土中に埋没しておけば微生物の侵蝕作用によつて比較的短時日に原形を全く止めないほど崩壊されるものである。そして、この配合する有機物質としては、マンニツト、ラクトース、セルロース、リグニン、カルボキシメチルセルロース、カゼイン、グルコース等と並んで、スターチ及びパルミチン酸導入スターチが挙げられており、澱粉や変性澱粉の使用も示されているということができる。

このように、引用明細書には、本願発明と同様に、合成樹脂に生物分解性の有機物質を配合した組成物が記載されているというべきである。

請求人(原告)は、本願発明について、澱粉中のヒドロキシル基と容易に反応してエーテル又はエステルを生成する化合物はすべて本願発明の目的に合致するとし、このヒドロキシル基のエーテル化又はエステル化によつて澱粉が疎水性になると述べている。

ところが、このようなエーテル化澱粉或いはエステル化澱粉は、それ自体は本願発明の特許出願前に周知の物質であるばかりでなく、本願発明が引用明細書に記載された引用発明とは別異の発明であるとすべき具体的な資料が示されているわけでもないのである。

そして、本願発明及び引用発明の各発明者及び特許出願人がいずれも同一でないことは明らかである。

そうしてみると、本願発明は、引用明細書に記載された発明であつて特許法29条の2第1項の規定によつて特許を受けることができないものであるとするほかはない。

4  審決を取り消すべき事由

審決は、後記のとおり、本願発明の解釈及び引用発明の認定を誤つたため、本願発明における表面変性澱粉が引用明細書に記載されており、本願発明は引用発明と同一であつて特許法29条の2第1項の規定によつて特許を受けることができないと誤断したものであるから、違法としてこれを取り消すべきものである。

1 本願発明の生物分解性組成物において、合成樹脂に配合される物質は、「澱粉粒子の表面を、ヒドロキシル基と容易に反応してエーテル又はエステルを生成する化合物と反応させて、該表面を疎水性にした表面変性澱粉」である。すなわち、本願発明において用いられる表面変性澱粉は、次の要件(1)及び(2)を満足するものである。

(1)  澱粉粒子の表面を変性し、疎水性にしてあること

(2)  右の変性が、澱粉粒子の表面のヒドロキシル基と、これと容易に反応してエーテル又はエステルを生成する化合物とを反応させることにより行われること

2 まず、右の要件(1)に関して述べれば、合成樹脂成形品製造時に合成樹脂に澱粉を配合しておくと、合成樹脂成形品を使用後に地中に廃棄したとき、地中の微生物の澱粉への作用により成形品自体が崩壊を受けやすくなるという廃棄面のメリツトがあるが、反面合成樹脂に澱粉が配合されていると、澱粉中に存在するヒドロキシル基が親水性であるため、疎水性の合成樹脂とのなじみが悪く、得られた成形品の強度その他の物性が低下するというデメリツトがある。

右の合成樹脂成形品の物性上のデメリツトを改善するために、天然物質である澱粉分子の全体をエステル化又はエーテル化して疎水性を付与した変性澱粉を合成樹脂に配合すれば前記のなじみ不良の問題は解消すると考えられる。これらの変性澱粉として、アセチルセルロースなどのエステル化澱粉やメチルセルロースなどのエーテル化澱粉が、甲第7号証の2(共立出版「化学大辞典6」288ないし289頁)の記載から公知である。しかしながら、これら公知の変性澱粉は、澱粉の特定粒子構造を例えば溶媒に溶解することにより崩壊させた後に澱粉分子中のヒドロキシル基を所定の化学物質と反応させてエーテル化又はエステル化したものであり、これを常法に従つて粒状ないし粉状として合成樹脂に添加し、合成樹脂成形品を得た場合には、その表面のエステル基又はエーテル基は地中の水分により比較的容易に加水分解を受けるが、その内部では前記加水分解が極めて起こりにくく、地中微生物の作用を極めて受けにくいエステル基又はエーテル基が残存するので、これを用いた合成樹脂成形品は生物分解性とはなりえない。

右の澱粉(未変性物)及び公知の変性澱粉のそれぞれが有する欠点をすべて改善したのが、本願発明で用いられる表面変性澱粉である。すなわち、本願発明の表面変性澱粉は、文字どおり表面が変性されて疎水性にしてあるので、疎水性の合成樹脂とのなじみが良く、したがつて、満足すべき物理強度の合成樹脂成形品を与える(本願発明の明細書2頁11ないし17行参照)。また、変性されているのは表面のみであり、表面のエーテル基又はエステル基は、地中の水分等により比較的に容易に加水分解を受け、変性前の澱粉に戻るので、成形品の生物分解性も損なわれない。

このように、本願発明において表面変性澱粉を用いることにより、従来、一方を向上させれば他方が悪化する関係にあつた生物分解性と成形性一成形品物性とを同時に向上させることが可能になつた。

しかるに、引用明細書には澱粉をその粒子表面のみ変性し疎水性にした表面変性澱粉について全く記載がない。

被告は、この点を補うべく、澱粉を水等に懸濁してエーテル化又はエステル化することは本願発明の特許出願前普通に行われていること(慣用技術)であつて、この場合には表面変性澱粉が得られる旨主張しており、この被告の主張は、引用明細書に開示のない技術事項を考慮に入れたものであるが、特許法29条の2の規定の適用にあたつてこのような慣用技術を考慮することの妥当でないことは明らかである。また、仮に、特許法29条の2の適用にあたつて引用明細書に開示なき慣用技術を考慮に入れることができるとしても、被告の主張は、表面変性澱粉が常法により製造しうることを示すにとどまり、これが合成樹脂組成物の充填剤として使用しうることを示すものではない。

また、たとえ本願発明の表面変性澱粉が乙第3、4号証により公知であるとしても、表面変性澱粉が引用明細書に示されているとする被告の主張は、引用明細書には「変性澱粉」という文言すら認められないのに、本願発明の「表面変性澱粉」がその出願時に知られていたというだけの理由で、引用明細書の澱粉関連記載の内容に含まれると短絡的に断定するもので、少なくとも引用明細書の具体的内容に即して解釈したものといえないことは明らかであり、全く理由がない。

なお、引用明細書に具体的に開示されていない本願発明の表面変性澱粉は、引用明細書に開示された澱粉(未変性)では達成できない、成形品の強度向上と生物分解性の改良という二律背反する目的を一挙に解決したものであるから、仮に引用明細書の記載に表面変性澱粉が含まれているとみられるとしても、本願発明は、少なくとも選択発明を構成する余地のあるものである。

3 次に、要件(2)に関して述べれば、本願発明において表面変性澱粉を得るために澱粉粒子との反応に供せられる化合物は、澱粉粒子表面のヒドロキシル基と容易に反応してエーテル又はエステルを生成する化合物、例えばシリコーン又はイソシアネート(本願発明の明細書2頁11ないし17行参照)やドデセニルコハク酸無水物(昭和55年12月3日付手続補正書2頁参照)に限定され、その状態では澱粉粒子表面のヒドロキシル基と反応し難いものや他の反応性誘導体にして初めて反応するもの(例えば酸塩化物にして初めて反応するパルミチン酸のような高級飽和脂肪酸)は、本願発明の澱粉粒子表面変性剤には含まれない。

これに対して、引用明細書には、生物分解性組成物を得るために熱可塑性樹脂に配合される有機充填剤として9種のものが記載されているが、このうちマンニツト、ラクトース、セルロース、リグニン、カルボキシメチルセルロース、カゼイン及びグルコースは本願発明の表面変性澱粉(澱粉誘導体)とは全く異質のものであり、一応本願発明の表面変性澱粉と比較の対象となるのはスターチ(澱粉と同義)とパルミチン酸導入スターチしかない。

そこで、まずスターチについて検討すると、これは未変性澱粉のことであり、これが本願発明の表面変性澱粉と構造が相違することは明らかであり、また、スターチを配合した樹脂組成物は引用明細書の表に示された試験結果より、長期間(100ないし300日)活性汚泥や微生物の存在する水中に浸潰しておくと破断強度が50%に低下して生物分解性は満足すべきものであるが、本願発明の昭和55年5月22日付け手続補正書1頁14ないし20行の記載によつても、成形品の機械的強度(引張強度)がスターチを配合しない樹脂に比べて劣ることが明らかである。

次にパルミチン酸導入スターチについて検討すると、パルミチン酸は澱粉のヒドロキシル基と容易に反応してエステルを生成する化合物ではないから前記パルミチン酸導入スターチとは、スターチと成形用滑剤としてのパルミチン酸との混合物と解すべきであり(甲第6号証参照)、これが本願発明の表面変性澱粉とは構造が相違することは明らかである。したがつて、パルミチン酸導入スターチを配合した樹脂組成物は、スターチを配合した樹脂組成物と同様に生物分解性を満足するものの成形品の機械的強度が劣るものである。

被告は、引用明細書の、天然の有機物質であるセルロース及びその変性物であるカルボキシメチルセルロースを記載した個所に澱粉が挙げられている以上、仮に「パルミチン酸導入スターチ」の記載がなくても澱粉の変性物(変性澱粉)も引用明細書において充填剤として示されているといえる旨主張するが、このような主張は、特許法29条2項の適用における容易推考の考え方を採り入れたものであり、これでは引用明細書に具体的に記載されているかどうかを検討したことにはならず、その失当であることは明らかである。

第3請求の原因に対する被告の認否及び主張

1  原告主張の請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  審決を取り消すべきものとする同4の主張は争う。原告主張の審決取消事由は理由がなく、審決にはこれを取り消すべき違法はない。

1 原告主張の要件(1)について

審決で本願発明の特許出願前周知であると認定した物質は、原告が「この出願の発明について、澱粉中のヒドロキシル基と容易に反応してエーテル又はエステルを生成する化合物はすべてこの出願の発明の目的に合致するとし、このヒドロキシル基のエーテル化又はエステル化によつて澱粉が疎水性になると述べている。」(審決2丁表13ないし18行)ところの「エーテル化澱粉又はエステル化澱粉」のことである。そして、澱粉とその中のヒドロキシル基と容易に反応してエーテル又はエステルを生成する化合物との反応は、均一系でも不均一系でも、すなわち原料の澱粉を溶媒等に溶解して行うことも水等に懸濁して行うことも、本願発明の特許出願前普通に行われていることであるが、懸濁状態にある澱粉の粒子のエーテル化またはエステル化は表面で起つているといえるのである。

そして、表面変性澱粉自体が引用発明の特許出願時に周知なものである(乙第3、4号証)から、引用明細書に示されているということができる変性澱粉は表面変性のものもそうでないものも含んでいるのであつて、特に表面変性のものを排除していると限定的に解釈しなければならない理由はない。引用明細書には澱粉や変性澱粉の使用も示されていて、しかも、変性澱粉には表面が変性された澱粉も本願発明の特許出願前普通のものであるから、引用明細書には表面変性澱粉が開示されているということができるのである。

2 要件(2)について

(1)  引用明細書には、充填剤としての有機物質として微生物の栄養源になりうるものが使用できるとして、具体的にはスターチ、パルミチン酸導入スターチ、マンニツト、ラクトース、セルロース、リグニン、カルボキシメチルセルロース、カゼイン、グルコースが例示されている。ここに挙げられた物質としては、天然の有機物もあるけれども、例えば天然の有機物であるセルロースを化学的に変性した(エーテル化した)ことが明らかであるカルボキシメチルセルロースも挙げられているのであるから、この引用明細書に挙げられた物質としては、単に天然の有機物質に限られるものでなく、化学的に変性した天然物質も含まれることは多言を要しないことである。したがつて、天然の有機物質と共に化学的に変性した天然物質を例示したものの中に澱粉(スターチ)が挙げられている以上、天然物質のスターチを化学的に変性した澱粉は引用明細書に充填剤としての有機物質として示されているといいうるのである。まして、澱粉についてみれば天然物質であるスターチだけでなくその他にパルミチン酸導入スターチまでもが例示されているのである。そうしてみると、引用明細書には澱粉や変性澱粉の使用も示されているとした審決の認定に誤りはない。このことは原告の主張するパルミチン酸導入スターチが変性澱粉ではないとの主張によつていささかも左右されるものではないのである。

(2)  引用明細書には澱粉や変性澱粉の使用も示されているとした審決の認定はパルミチン酸導入スターチが例示されていようといまいと無関係に、したがつて、パルミチン酸導入スターチが変性澱粉であるか否かにいささかも左右されるものでないことは前記のとおりである。まして、後記のようにパルミチン酸導入スターチが変性澱粉なのであるから、原告の主張は審決取消の理由とはなりえないのである。

すなわち、エステル化とは酸とアルコールの直接反応のみならず、エステルの交換反応、酸塩化物、酸無水物、酸アミドとアルコールの反応等、広くエステルを生成する反応を含めていうことが普通であつて、しかも、生成物のエステルは酸がその無水物、酸塩化物、酸アミドの形で出発しても酸とアルコールの名称で表示されるものである。パルミチン酸等の高級脂肪酸もその塩化物の形では容易にアルコール(澱粉を含む。)と反応してエステルを形成することが知られている。したがつて、パルミチン酸導入スターチは、パルミチン酸澱粉すなわち変性澱粉と解して何の不都合もない。まして、一般に「導入」とは特定の基を化合物に結合し変性することを意味するのであつて(乙第1号証)、そして「パルミチン酸導入スターチ」は、パルミチン酸をなんらかの方法で澱粉に導入したもの、たとえばクロライド化したパルミチン酸をスターチと反応させたエステル化生成物であるパルミチン酸澱粉(乙第2号証)のことであり、パルミチン酸導入スターチを変性澱粉と解して何の不都合もないのであるからなおさらのことである。

なお、澱粉がドデセニルコハク酸無水物等の場合と全く同じ条件で反応しなければ、本願発明の「容易に反応」する化合物に相当しないということにならないことは、本願発明の明細書の特許請求の範囲にこうした限定がないことからも明らかであるから、仮にパルミチン酸と澱粉とが右の場合ほど容易に反応しないとしても、それは、パルミチン酸導入スターチを変性澱粉と解することの妨げとなるものではない。

さらに、原告は、変性に用いる化合物としては澱粉のヒドロキシル基と容易に反応するものに限定されると主張しているが、この限定がいかなる技術的理由に基づくものであるか本願発明の明細書には何も説明されておらず、原告の主張自体からもこの限定が格別の意味を持つものでないことが明らかであるから、原告の右主張は意味のないものである。

3  以上のとおりで、本願発明と引用発明とは「表面」という限定及び「容易に反応する」という限定によつて相違するものであるという原告の主張は、いずれも理由がないから、審決の判断に誤りはなく、審決を取り消すべき違法の点はない。

第4証拠関係

訴訟記録中の証拠目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

1  原告主張の請求の原因1ないし3の各事実(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

2  そこで、審決取消事由の存否について検討する。

1 右当事者間に争いのない本願発明の要旨によれば、本願発明の生物分解性組成物において合成樹脂に配合する物質は、原告主張のとおり、

(1)  澱粉粒子の表面を変性し、疎水性にしてあること

(2)  右の変性が、澱粉粒子の表面のヒドロキシル基と、これと容易に反応してエーテル又はエステルを生成する化合物とを反応させることにより行われること

との2要件を充足する表面変性澱粉であることが明らかである。

2 ところで、原告は、引用明細書には、右要件(1)及び(2)を充足する表面変性澱粉粒子を合成樹脂に配合することは開示されていない旨主張するので、まず、右(1)の要件を充足する表面変性澱粉粒子の使用について引用明細書に開示があるか否かについて検討する。

いずれもその成立について争いのない甲第2ないし第4号証によれば、本願発明は、合成樹脂を基材とする生物分解性組成物に関するもので、その組成物は合成樹脂に生物分解性粒子を配合したものであること、この生物分解性粒子は、表面のヒドロキシル基と容易に反応してエーテル又はエステルを生成する化合物と反応させて表面を疎水性にした表面変性澱粉粒子であること、この表面を疎水性にすることによつて澱粉粒子の親水性を減少させ、もつて澱粉粒子と合成樹脂との結合の強度を増大させて、該組成物で成形した成形物の物理的強度を向上させうるものであることが認められる。

一方、成立に争いのない甲第5号証によれば、引用明細書には、熱可塑性合成樹脂よりなる基材樹脂と微生物栄養源となりうる有機物質とからなる成形用樹脂組成物が記載されていることが認められ、したがつて、引用明細書には、合成樹脂に生物分解性有機物質を配合してなる成形用樹脂組成物が開示されているということができる。

しかして、右甲第5号証によれば、引用明細書には、微生物栄養源となりうる有機物質について、「充填剤としての有機物質は、スターチ、パルミチン酸導入スターチ、マンニツト、ラクトース、セルロース、リグニン、カルボキシメチルセルロース、カゼイン、グルコースなどのような微生物の栄養源になるものが使用できる。」とは記載されている(206頁左上欄6ないし9行)が、これらの有機物質がその粒子の表面を疎水性に変性されたものであるとする記載のないことは勿論、右有機物質の粒子の表面を疎水性にして合成樹脂との結合を強めるという技術思想を示唆するとみることのできるなんらの記載もないことが認められる。

被告は、引用明細書には変性澱粉の使用が開示されていると解されるとし、澱粉の化学的変性が均一系でも不均一系でも行われることは、本願発明の特許出願前普通に知られていることであつて、表面変性澱粉粒子は周知であるから、引用明細書に開示されているとすることのできる変性澱粉には表面変性のものもそうでないものも含まれており、特に表面変性のものが排除されていると限定的に解釈しなければならない理由はない旨主張する。

しかしながら、仮に引用明細書に合成樹脂に配合すべき物質として変性澱粉の使用が示唆されており、かつ、表面変性澱粉が周知であつたとしても、それだけで、引用明細書には、本願発明におけるような表面変性澱粉の使用が開示されているとすることはできない。すなわち、前記甲第5号証によれば、引用明細書は、その全体の記載からも、あくまで、合成樹脂に微生物栄養源となりうる有機物質を配合し、これによつて生物分解性の成形用樹脂組成物を得ることを開示するに止まるものであることが認められ、しかも、合成樹脂の配合物の技術分野において、表面変性された澱粉粒子もそうでない変性澱粉も共に同じく合成樹脂配合物として常用されていたとの事実を認めるに足りる証拠もないのに対し、本願発明は、前認定の事実からも明らかなとおり、合成樹脂に右のような有機物質を配合するとした上で、その有機物質として澱粉粒子を採用し、そして、澱粉粒子が親水性であるので合成樹脂との結合が弱いのを改善するため、その表面を疎水性にしているのであるから、このような技術思想までも引用明細書に開示されているとは到底みることができないのである。

3  以上のとおりであるから、引用明細書には、前記要件(1)を充足する表面変性澱粉粒子を合成樹脂に配合することが開示されていたとすることはできず、したがつて、前記のとおり合成樹脂に配合すべき澱粉粒子が右要件(1)を充足する表面変性澱粉粒子であることを必須の要件とする本願発明は、引用明細書に記載されているとすることはできないのである。

そうすると、本願発明が引用発明と同一であることを前提とする審決の判断は、結論に影響を及ぼすべきことの明らかな誤りといわなければならないから、その余の事項について判断するまでもなく、審決は、違法としてこれを取り消すべきものである。

3  よつて、審決の取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(瀧川叡一 楠賢二 牧野利秋)

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